2018年04月29日

百花繚乱!

庭先は、シャクナゲ、牡丹、水仙など、様々な花が咲き誇り、まさに百花繚乱と言ったところです。


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ミツバチも、シャクナゲの蜜を求めて忙しく飛び回っています。
頑張れ〜


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2018年04月27日

大自然から学ぶ智慧(2)

◇何の為のお参りか◇


世の中には、「何のために神社やお寺にお参りするのですか?」とお尋ねすると、「願いを叶えたいからです」と答えるお方が大勢おられますが、これを見ると、多くの方が、願いが叶う事と幸せになる事を混同しておられるのがよく分かります。


この方々にとっては、様々な願いを叶える事がお参りの目的ですから、願いが叶った時は「ご利益をいただき、有り難いです」と言って喜んでいられますが、いつも願いが叶うとは限りませんから、願いが叶わなくなると、神仏を仇に思うお方も出てくるのではないでしょうか?


願いが叶うか否かによって、有り難くなったり、そうでなくなったりするのは、まだ根底から救われていないからですが、願いが叶う事と救われる事は根本的に違います。


願いが叶ったからと言って、救われた訳でも幸せになれた訳でもなく、あくまで一つの願い、一つの欲望が一時的に充たされたに過ぎません。


願いが叶っても、その場限りの自己満足ですから、また新たな欲望や願いが生まれ、その願いが叶わないと更に新たな苦しみが生まれ、その苦しみから逃れたいという新たな願いが次々に生まれるという、果てしない悪循環の泥沼に陥ってしまうのです。


例えば、子供のいない人に子供が生まれても、それは「子供が欲しい」という欲望の一つが叶えられただけで、幸せが約束された訳ではありません。


子供が生まれた事によって、そこからまた新たな苦しみが始まる事は、世の中で起きる様々な事件や事故を見れば一目瞭然です。


結局、私たちの人生は、子供がなくても苦労、子供があっても苦労、商売がうまくいっても苦労、うまくいかなくても苦労、結婚しても苦労、結婚しなくても苦労、病気しても苦労、病気しなくても苦労で、どちらに転んでもそこに待っているのは苦労だけで、欲望の充足に幸せを求めている限り、いつまで経っても本当の幸せにはつながらないのです。


本当の幸せが得られるかどうかは、欲望の充足に幸せを求めていた今までの生き方を、根底から変えられるか否かにかかっていると言っても過言ではないでしょう。


◇六道輪廻の廻り舞台◇


御法歌「頼め彼岸へ法のふね」の中に、
  六つの道がめぐるから
    幸せばかりと 思うなよ
    人生廻り舞台なり
と詠われているように、今の私たちは、場面が次々と変わる廻り舞台の上で、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上という六つの芝居(六道)を演じ分けている役者のようなものです。


現在は、苦もあれば楽もある人間界という舞台で芝居を演じていますが、舞台が回転すれば、他の世界の芝居を演じなければなりません。


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地獄界は、願いが悉く叶わず、自分の思い通りにいかない為に怒り狂い、悪業の報いを受けて、ありとあらゆる苦しみに苛まれ続ける極苦の世界です。


餓鬼界は、有っても欲しい、無くても欲しいと、飽くなき欲望の奴隷となり、苦しみ続ける貪りの世界です。


畜生界は、人を押し退けてでも自己の願いを叶えようとする自我我執の世界です。


以上の三つは、苦しみばかりの世界で、三悪道(三悪趣)と呼ばれています。


修羅界は、人を妬ましく思う愚痴嫉妬の世界で、三悪道に修羅界を加えて、四悪道(四悪趣)と言われています。


人間界は、苦もあれば楽もある世界です。


最後の天上界は、願いがすべて叶い自分の思い通りになっている世界で、楽ばかりの世界です。


この六つの世界の内で、苦しみのない天上界が最も幸せな世界のように見えますが、天上界といえども、迷いの廻り舞台で演じられる六つのお芝居の一つに過ぎません。


ですから、必ず自分の思い通りにいかない時が訪れます。そうすると、再び舞台が回転して、地獄や他の世界を演じなければなりません。


しかも、六道輪廻の廻り舞台には終演がなく、未来永劫、六つの世界を演じ分けながら、終わりのないお芝居を演じ続けなければなりませんから、心の安らぐ暇がありません。


もし心安らかに生きたいと思えば、六道の廻り舞台から飛び出す以外に道はないのです。


◇有っても苦労、無くても苦労◇


そもそも何故人は欲望の充足に幸せを求めるのかと言えば、自分が置かれている今の境遇に満足出来ず、不幸と感じているからです。


何か充たされないものがあり、それが充たされれば幸せになれると錯覚しているのですが、欲望が充足されても、本当の救いは得られません。


例えば、子供のいない夫婦が、子供を欲しいと願うのは、子供のいない事を不幸と考え、子供が出来れば幸せになれると錯覚しているからですが、子供のいる事が幸せとは限りませんし、子供のいない事が不幸とも決まっていません。


平成24年4月23日、京都府亀岡市で、通学途中の小学生と付き添いの保護者の列に、一晩中遊びまわっていた無免許の18歳の少年が運転する軽乗用車が突っ込み、小2年と小3年の児童、そして妊娠中の保護者の3名が死亡、7名が重軽傷を負うと言う悲惨な交通事故がありましたが、この少年の両親も、子供が出来た時は幸福に包まれていた筈です。


しかし、幸せをもたらしてくれる筈の子供が、大事故を起こし、人を死なせてしまったのですから、その幸福は偽りの幸福だった事が分かります。


貴船の脇坂リヨさまが、
 「子供がないのが不幸なのか、有るのが幸せなのか、みんな神様がなさることどすさかい。私は子供がないと思って、不幸やと思っとりゃしません。子供があったら二十二歳から済度する修行も出来しませんどしたわ。
 子供を十人も産んでも、苦労してはる方もありますし、一人きりの子供にでも見離されて苦しんでいる親もいやはるさかいなあ。子供がいても、養老院へ入らんならん人もいやはりますやろ。
 私は今は本当に幸せやと思っとります。毎日神や仏に守られてありがたいどす。
  神や仏に守られて
    行くぞうれしき道はなし
 と神様がいやはりますものね

と、子供を授からない事にも必ず意味があるとおっしゃっておられるように、子供がいない事が救いである事例も、世の中には沢山あります。


例えば、以前、酒鬼薔薇聖斗と名乗る14歳の中学生が、児童を次々と殺傷する連続殺人事件がありましたが、この少年の親も、子供が生まれた時は幸せに包まれた筈であり、まさかわが子が、将来このような大事件を引き起こすとは夢にも思っていなかったでしょう。


この事例を見ても、子供が授かれば幸せになれるという保証などどこにもない事が分かりです。


日蓮上人は、
 父母は常に子を念えども、子は父母を思わず
 親は十人の子を養えども、子は一人の母を養うことなし

と嘆いておられますが、日蓮上人の時代も、紙切れ一枚ほどの薄情な時代だったのでしょう。


昔から、「親孝行したい時には親はなし」と言われますが、今は、「親孝行したくないのに親がいて」と言われる時代だそうですから、世の中も変わったものです。


病気をする事、子供のいない事、思い通りにいかない事だけが苦労なのではありません。健康になったらなったで、子供が出来たら出来たで、またそこから新たな苦労が始まるのです。


人間の欲には限りがなく、病気をしていた時は、健康になる事だけを願い、子供のいない時は、子供が授かる事だけを願い、願いが叶えば幸せになれると錯覚していますが、願いが叶ったら叶ったで、またそこから新たな欲望が芽生え始め、次から次へと生まれる苦労との果てしないイタチごっこが始まるのです。


合掌


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2018年04月21日

お狸様見参!

境内に、ひょっこりお狸様がやってきました。
少し痩せているように見えますが、どうなんでしょうか?
狐と違って、狸はもう少しふっくらしているイメージがありますが、よく分かりません(笑)
いずれにしても、昨年の狐に続いての見参です。
狐の家族は、捨てられたスリッパや靴を毎日運んできて、それが、お稲荷様を勧請するきっかけになりましたが、はてさて今年の狸は、何を運んできてくれるのでしょうか?


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大自然から学ぶ智慧(1)

◇人の為になれ◇


昨年(2017年)12月9日、山梨県北杜市高根町にある「八ヶ岳やまびこホール」において、「北杜市市制施行十三周年記念式典」が開催され、式典後、大村智北里大学特別栄誉教授の記念講演がありました。


大村智教授と言えば、2015年、ノーベル生理学・医学賞を受賞され、一躍時の人となった事は記憶に新しいところです。


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受賞理由は、アフリカで年間数千万人が感染し、重症化すると失明に至る感染症・オンコセルカ症の特効薬「イベルメクチン」の発見と開発への功績ですが、開発によって得た莫大な特許料を原資に、北里研究所メディカルセンター病院の開設や女子美術大学への支援、また2005年には、地元の山梨県韮崎市に、地域の人たちが気楽に入れる温泉施設「白山温泉」を開設し、その2年後の2007年、寄生虫薬の研究に取り組みながら収集した数多くの美術品を展示する「韮崎大村美術館」を建設し、翌年それをまるごと韮崎市に寄贈するなど、数々の社会貢献をしておられます。


受賞発表以来、地元の韮崎市では、大村美術館や白山温泉に、連日全国各地から大勢の人々が押し寄せ、大変な騒ぎになっていたのを、昨日の事のように思い出しながら、記念講演を聞いていましたが、講演の中で特に印象的だったのは、お祖母さんから言われていた「人のためになれ」という言葉が常に頭から離れなかったという言葉でした。


この薬のお陰で3億人もの人たちが、失明の危機から救われたとも言われていますが、もし「イベルメクチン」の開発を成功させた大村教授の原動力となったのが、「人の為になれ」というお祖母さんの言葉だったとすれば、真の受賞者は、大村教授のお祖母さんかも知れません。


◇人は何の為に生まれて来たのか


さて、「あなたは何をする為にこの世へ生まれてきたのですか?」と問われて、即答出来るお方が何人いるでしょうか?


「何となくこの世へ生まれてきて、何となく毎日を過ごしています」という声が彼方此方から聞こえてきそうですが、人間としてこの世に生を受け、何の役目も与えられていない人など一人もいません。


しかし、お大師様が、『秘蔵法鑰(ひぞうほうやく)』の中で、
 生まれ生まれ生まれ生まれて
   生のはじめに暗く
  死に死に死に死んで
   死の終わりに暗し
と説いておられるように、遙か悠久の昔より、姿かたちを変えながら生死を繰り返してきた中で、自分の本当の正体も、何の為にこの世へ生まれて来たのかも、自分がどこから来て、どこへ帰っていくのかも知らないまま生きているのが、今の私たちではないでしょうか。


◇幸せになる為の道すじ◇


私たちは一体何の為にこの世へ生まれて来たのか?


誰もが幸せになりたいと願い、不幸になりたいと願っている人は一人もいない事を考えれば、人は幸せになる為にこの世に生まれてきたと言ってもいいでしょう。


しかし、万人が幸せになりたいと願っているにも拘らず、世の中を見れば、悩み、苦しみ、不幸に泣いている人々が今も絶えません。


世界には、飢えに苦しみ、戦火に怯えながら暮らしている幼い子供たちが大勢います。内戦が続くシリアやアフリカ諸国では、多くの難民が欧米に押し寄せ、大きな社会問題になっており、国内に留まっている人々も戦火のまき添いとなって、尊い命を落としています。


また、アメリカでは銃規制が叫ばれながら、毎年大勢の人々が、発砲事件の犠牲となって亡くなっています。


その点、日本はまだ治安が守られ、平穏な暮らしが維持されていますが、だからといって、何もない訳ではありません。


テレビをつければ、連日のように、殺傷事件や悲惨な事故のニュースが流れ、飲酒運転やひき逃げ事件も後を絶ちません。


東日本大震災をはじめ、地球規模で頻発している天変地異によって、大勢の尊い命が失われた事実も、決して忘れる事が出来ません。


万人が幸せになりたいと願い、努力しているにも拘らず、好まざる様々な不幸や災難が、疫病神のように付いて回っているのが現実です。


世間には、このような現実を見て、「この世には神も仏もいないのか!」と、まるで不幸の責任がすべて神仏にあるかのように言われるお方がおられますが、まさに本末転倒と言わざるを得ないでしょう。


万人が幸せになりたいと願っているのに幸せになれないのは、神仏の責任でも誰の責任でもなく、幸せになれない私たち自身に何らかの原因があるからです。


幸せになるには、幸せになる為の道すじというものがあります。その道すじを悟ろうともせず、神仏や他の何かに責任を押し付け、ただ幸せになりたいと願っているだけでは、いつまで経っても幸せにはなれません。


◇願いが叶う事と幸せになる事の違い◇


幸せになる為の道すじを知る前に先ず確認しておかねばいけないのは、「そもそも人間にとって幸せとは何か?」という事です。


一口に幸せと言っても、幸福観は人それぞれで、百人百様の幸福感があると言っていいでしょう。


例えば、一杯のお酒を飲んで幸せだと感じる人もいれば、一杯のお酒で幸せになれる筈がないと考える人もいます。


病気ばかりしている人にとっては、健康を取り戻す事が幸せかも知れませんが、健康な人にとっては、健康である事は当たり前の事実ですから、健康を幸せと感じていない人も、世の中にはいるかも知れません。


子供のいない人にとっては、子供を授かる事が何よりの幸せでしょうが、子供に不孝をされて泣いている親にとっては、子供の存在は悩みの種以外の何物でもありません。


要するに、病気の人が健康になり、子供のいない人に子供が授かり、商売がとんとん拍子に繁盛し、私達が願っている事が実現したからと言って、幸せになれるとは限らないのです。


子供のいない人に子供が出来れば、もうその方は幸せが保証されるのかと言えば、そんな事はありません。子供が出来たら出来たで、またそこから新たな苦労が始まるのです。


つまり、様々な願いが叶ったからと言って、決して救われた訳でも幸せになれる訳でもなく、ただ今まで叶えられなかった願いが叶えられたに過ぎないのです。


願いが叶う事と幸せになる事は全く次元の違う話であって、その事が分かっていないと、幸せになる為の道すじも見えてきません。


目指す目的地は、欲望や願いを叶える事ではなく、幸せになる事、救われる事であって、その為に何を為すべきかを見極めなければ、目的地にはたどり着けないのです。


合掌


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2018年04月14日

満開のヤマザクラ!

曇り空ですが、ヤマザクラは満開になりました。


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2018年04月13日

春の大法要!

毎年4月13日は、菩薩様が御入定なさった日を記念して、春の大法要を厳修しておりますが、ヤマザクラが咲き誇る中、本年も、ご縁の皆様にお帰り頂き、無事に報恩法要を勤めさせて頂きました。
法要の後、「衆生済度の一念」と題して法話をさせていただき、午後からは、皆様と一緒に、御法歌(聖歌)をご奉納させていただきました。


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また、お陰様で、春秋発行の『救済』誌も、今回で第47号を送り出す事が出来ました。
これもひとえに、『救済』誌を心待ちにしていて下さる多くの皆様の温かい励ましと、御浄施を通して発行を支えて下さった皆様の真心からのご支援、ご協力があったからに他なりません。
この場をお借りして篤く御礼申し上げますと共に、一人でも多くの皆様が、『救済』誌を通して仏法のみ光に触れられ、救いの光明を見出していただけますならば、これに勝る喜びはありません。


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2018年04月10日

ヤマザクラが一斉に咲き始めました!

これからは、ソメイヨシノに代わって、ヤマザクラの出番です。
境内を囲むように自生しているヤマザクラが、一斉に咲き始めました。
ソメイヨシノとはまた違った趣があります。
今年の春の大祭は、満開のヤマザクラが、帰郷される皆様を出迎えてくれそうです。


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2018年04月07日

境内に咲いた逆さ桜!

無常の風に散った花びらが、桜の根本に積もり、境内に美しい「逆さ桜」が咲きました。


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2018年04月06日

花びらの絨毯!

花吹雪となって散った淡いピンク色の花びらが、境内を白く染め、まるで薄っすらと雪が積もっているようです。


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2018年04月04日

散りゆく桜!

昨日、満開を迎えたばかりの桜を、早くも無常の風が散らし始めています。
まさに「無常の風は時を選ばず」ですが、散りゆく桜もまた風情があって美しいものです。


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2018年04月03日

満開になりました!

境内のソメイヨシノが、ほぼ満開になりました。
昨年は、4月13日の春の大法要当日が満開でしたが、今年は、開花が10日早かったため、満開も10日早くなりました。


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2018年04月02日

七分〜八分咲きになりました!

開花から五日目ですが、連日の暖かさで、早や七分〜八分咲きほどになりました。


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2018年04月01日

どんどん開花が進んでいます!

開花が一気に進み、六分から七分咲きほどになりました。


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