2017年01月25日

人生は一期一会!

◇一期一会の出会い◇


平成27年度(2015)の人口動態統計によれば、いま日本では31秒に一人が生まれ、24秒に一人が亡くなっています。


いまこうしている間にも、日本のどこかで、誰かが生まれ、誰かが亡くなっているのです。勿論、私も皆さんも、24秒の中の一人である事は言うまでもありません。


残念ながら、24秒がいつわが身に訪れるかは、誰にも分かりません。しかし、諸行無常の世である以上、いつ訪れても不思議ではありません。


その意味で、人生は、まさにいつ割れてもおかしくない薄氷の上を歩いているようなものと言っても過言ではないでしょうが、だからこそ、常に「一期一会」という事を忘れてはならないのです。


菩薩様が、
 会うたびに 一期一会と人思え
   無常の中の 人の身なれば
と詠っておられるように、人生には、ひとときの待ったもありません。


昨日は生かされた、今日も生かされている、明日もどうにか生かされるだろうと、泡沫(うたかた)の夢を見て、当てのない人生を送っているのが、迷える人々の姿と言えましょうが、親も子も、夫も妻も、人のいのちも一切の財も、すべてが無常の中の「一期一会」の出会いである事を忘れてはなりません。
(普門法舟)
 昨日見た人 今日はなし
 明日なきことも 知れよ人
   残る桜も 散る桜
   待ったないのが 人生だ


私は、僧侶という仕事柄、たびたび人の死に接し、嘆き悲しむ人々の有様を見る事がありますが、
 逝きてのち 思い哀しや人の名を
  呼べど答えぬ くちなしの花
という古歌があるように、人は誰でも、肉親の死や他人の死に接して、はじめて無常のきびしさ、命のはかなさを思い知らされるのです。


特に肉親の死に直面した時は、誰でも、「生きている時に、ああしてやりたかった、こうしてやりたかった、あんな事を言わなければよかった、こんな事をしなければよかった」と、後悔の念にさいなまれますが、家庭の中であれ、社会の中であれ、肉親であれ、他人であれ、つねに「一期一会」という事を忘れず、出会いを大切にして、あとで悔いる事のないようにしなければなりません。


◇相互供養、相互礼拝◇


一期一会という事が分って来ると、人との出会いが、かけがえのないものであり、人と人が争ったり、憎しみ合う事がいかに愚かであるかという事も分ってきます。


もう二度と会えないかも知れない者同士が、お互いに争って罪を重ねるほど愚かな事はありません。


無常の中の「一期一会」の出会いだからこそ、お互いが真心を供え合い、親切を施し合っていかなければいけないのです。


それが、お大師様の言われる「相互供養、相互礼拝」です。


菩薩様が、
 人ごころ 己が心ではかるなよ
   みんな仏の います身なれば
と詠っておられるように、どんな人の中にも仏性という光り輝く宝物があります。


たとえ、どんなにみすぼらしい姿をしていても、どのようなボロをまとっていても、心の奥底には、光り輝く仏性(仏となるべき本性)が宿っているのです。


だからこそ、外面だけを見てその人を判断したり、裁いたり、軽蔑したりするのではなく、人の世の無常を思い、「一期一会」ということを常に忘れず、お互いに仏性を拝み合っていかなければならないのです。


お互いに仏性を拝むことが出来れば、「相互供養、相互礼拝」の輪が広がり、身も心も清められ、自ずと平和な世の中になっていきます。


よく憎い相手を拝むのは難しいと言われるお方がおられますが、憎い相手を拝むのではなく、その人の中に眠っている、光り輝く仏性を拝ませて頂くのです。


眠っている仏性に一日も早く目覚めて頂けるよう、その救いを祈り、仏性を拝ませて頂くのです。


菩薩様の言われる「仇を拝み、因縁を拝め」というのが、まさにそれですが、その祈り(仏行)が誠であれば、やがて仏性が目を覚まし、拝み合える日が必ずきます。


もしまだ拝み合えなければ、まだ救いを祈る心が足りないのだと思わせて頂き、祈りの行を続けさせて頂けばよいのです。


◇森羅万象とも一期一会◇


一期一会は、人と人との出会いだけではありません。無常の中にある森羅万象すべてとも一期一会です。


今日という一日とも、生きとし生きるものすべてとも、一期一会です。今日のお天気とも、目に見える大自然のたたずまいとも、一期一会です。


いま見えている景色も、明日はもう見られないかも知れない一期一会の景色です。


昇る朝日とも、沈む夕陽とも、咲く花、散る花とも、行く雲、流れる水とも、移り変わりゆくあらゆる四季様々の有様とも、「一期一会」の出会いです。
 沈む陽も 昇れば朝日また沈む
  一期一会の 道を教えて
 春秋は 桜もみじの晴れ姿
  人の心を うるおして散る


桜も、短い一生の中で、精いっぱい咲き誇り、桜吹雪となって散っていく際までも、美しい晴れ姿を見せてくれている一期一会の姿そのものと言っていいでしょう。


こうして花の姿を思い、花のいのちを思い、花の心を思うとき、たとえ人生は物質的に貧しくても、精神的に苦しくても、人世のために咲いて咲き甲斐、散って散り甲斐、生きて生き甲斐、死んで死に甲斐のある「一期一会」の人生としなければなりません。
 生きがいは 己がためにぞあるでなし
   人のためこそ 生きる甲斐あり
 後の世を 思いて尽せ人の世に
   花のいのちを 知る人ならば
 人の身は 咲いて散るこそ桜花
  いのちあるうち いのちあるうち


合掌


高野山法徳寺Website

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2017年01月21日

初大師の朝!

清々しい初大師の朝を迎えました。
予報通り、昨夜降り始めた雨が雪に変わった模様です。
朝起きたら、境内が少し白くなっていました。
今日は一日快晴の予報なので、すぐに溶けるでしょう。
予定通り、午前10時から初大師法要を厳修いたします。


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2017年01月16日

雪のない山梨!

今年一番の寒波の襲来で、各地で記録的な大雪を観測していますが、いまのところ山梨には全く雪が降っていません。
冷たい風は強く吹いていますが、雪はありません。
境内もご覧の通りです。
ただ19、20日の予報を見ると、雪マークが出ていますので、21日の初大師にお参りの皆様は、道中お気を付けてお参り下さい。


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今日の富士山は、笠雲に覆われて帽子を被っています。


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2017年01月12日

今年も一年ありがとう(2)

◇御詠歌本に込められた思い◇


何故沈む夕陽に手を合わせ、古いもの、去りゆくものに感謝しなければいけないのかと言えば、お互いが無常の中にいる身であり、自分もやがて、古いもの、去りゆくものとならねばならないからです。


一切が移り変わってゆく事が分かれば、限りあるいのちへの思いやりや、いのちをまっとうさせてあげたいという慈悲の心が湧いてきます。


以前、奈良に居た時、ある家のお逮夜参りに行かせて頂いた事があります。お勤めの後で御詠歌をお唱えするのですが、ご家族やご近所の皆さんの中に、お一人だけ、ボロボロの御詠歌本を持っておられるお方がいました。


表紙も中もボロボロで、あちこちに紙を貼って、継ぎはぎしてあったので、思わず「奥さん、その御詠歌本、大切に使っておられますね」と言うと、「そうなんです。お姑さんが使っていたもので、随分古いものなんですが、どうしても捨てられないんです。この御詠歌本が有り難くて、破れた所を継ぎはぎしながら使わせて頂いているんですが、私が使わなくなったら、娘に譲ろうと思っています」とおっしゃったのです。


その言葉を聞いて、この御詠歌本には、きっとお姑さんの思いや、お姑さんへの奥さんの思いがいっぱい詰まっているのだろうと思いましたが、驚いたのは、「私が使わなくなったら、娘に譲ります」とおっしゃった事です。


御詠歌本に込められたお姑さんとの思い出が捨てられないからという奥さんのお気持ちはよく分かりましたが、娘さんにまでその思いを伝えたいというお気持ちには、少なからず感動を覚えました。


このまま使い続ければ、やがていつか使えなくなる日が来る事は間違いありませんが、ボロボロになったこの御詠歌本には、きっとお姑さんからお嫁さんへ、お嫁さんから娘さんへと、親子三代に亘って受け継がれていく家族の思いや慈しみの心がいっぱい詰め込まれているに違いありません。


◇分身となったお経本◇


菩薩さまが、信仰に入って初めて買われたお経本がありますが、御詠歌本を大切にしておられた奥さんと同じように、そのお経本をとても大切にしておられました。


折れ曲がっている所から次第に破れてくるので、その部分に紙を貼って継ぎはぎし、何度も何度も修繕して使っておられました。


何故菩薩さまが、ボロボロのお経本を修繕しながら使い続けておられたのかと言えば、そのお経本が菩薩様の映しだったからです。


他人から見れば、使い古されたただのお経本に過ぎませんが、そのお経本には、菩薩さまが歩んでこられた苦難の道のりが深く刻まれていたに違いありません。


ボロボロになるまでお経本を大切に使っておられた菩薩様の思いの根底には、いかなるものであっても、最後までそのいのちをまっとうさせてあげたいという慈悲の心が流れています。


この慈悲心は、全てが移り変わっていくという諸行無常の真理を悟った時、沸々と湧き上がってくる心で、誰もが生まれながらに与えられているものです。


菩薩様も、このお経本も、生老病死という、生きとし生けるものすべてが避けて通れない道のりを共に生き、老い、病み、やがて死んでいく身である点において、何ら変わりありません。


だからこそ、このお経本は、ただのお経本ではなく、苦楽を共にする同志であり、分身そのものとなったのです。


◇生かせいのち◇


僧侶が身に着けるお袈裟を、別名「糞掃衣」(ふんぞうえ)と言いますが、雑巾に使うようなボロボロの布をつなぎ合わせると、この世の真理を教え、苦しむ人々を導く最も尊いお袈裟に生まれ変わります。


糞を掃く為に使うような汚れた布を、お袈裟として使う事は常識ではありえませんが、汚れた一枚の布を最も尊いお袈裟に生まれ変わらせるのは、諸行無常の真理を悟り、その物のいのちを生かし切ろうとする心です。


「生かせいのち」という言葉がありますが、まさにお袈裟は、「生かせいのち」の心の結晶なのです。


最近はもう見かけなくなりましたが、戦後の物のない時代には、着る服に継ぎを当てて着ていたものです。


物のない時代だから、そうせざるを得なかったという事情もありますが、それが当たり前でしたから、それが不幸とか、悲しいと思った事は一度もありません。


物が豊かになれば、それに比例して心も豊かになるだろうと思い、みんな必死に生きてきましたが、豊かさに慣れた心は、やがて感謝の心を忘れてしまいました。


すべてが当たり前になってしまったからです。


物のない時の方が感謝を忘れず、心も豊かだったと思いますが、その豊かさを支えていたのは、やはり、物のいのちを大切にし、慈しむ心でした。


物のいのちも人間のいのちも、やがていつか消えて無くなるからこそ、誰もが、いま生かされているこのいのちを大切にし、感謝しようという思いを共有していたのです。


まさに、「今日も一日ありがとう」の心を、誰もが体現していた時代でした。


◇わが身を慈しむ心◇


朝、東の空に昇る朝日は、やがて夕陽となって西の空に沈んでいきます。


人間を含め全てが、昇る朝日であると共に、沈む夕陽でもあります。残る桜も、やがて散る桜なのです。


やがて散り、沈まなければならないという真理が分れば、いま生かされているいのちの尊さが分かり、いのちを慈しみ、大切にしようという思いが湧いてきます。


私は、毎晩寝る前に必ず、「今日も一日有り難うございました、ご苦労をおかけしました」と心で念じながら、肩や腰や頭や体をお加持させて頂きます。


朝夕のお勤めの後に数珠でお加持させて頂き、寝る前にもう一度、「お大師さま、菩薩さま、今日も一日有り難うございました」とお礼を申し上げ、体にもお礼を申し上げ、お加持してから休ませて頂くのです。


この肉体が、永遠に滅びない肉体であれば、そんな気持ちも起きないでしょうが、毎日刻一刻と老いていく身だからこそ、愛おしく感じられるのです。


勿論、わが肉体と言っても、自分のものではなく、一時的にお預かりしている借り物に過ぎません。


しかし、だからこそ、お返しする日が来るまでは、粗相をしないよう心がけ、大切に使わせて頂きたいのです。


合掌


今年も一年ありがとう(1)
今年も一年ありがとう(2)


高野山法徳寺WebSite

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2017年01月09日

平成29年度成人式と初雪!

昨日はわが家の娘の成人式でしたので、山梨県北杜市高根町にある「八ヶ岳やまびこホール」で行われたお祝いの式典に行ってまいりました。


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男子は、背広や羽織、袴姿、女子は華やかな着物姿に身を包み、みんな流石に緊張した面持ちで座っていました。
先般、市長選に初当選した女性市長が、着物姿で列席しておられたのも、華やかな雰囲気が出てよかったですね。


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午後3時過ぎから雪の予報が出ていたので、心配していましたが、案の定、成人式が終わって会場の外へ出て見ると、雪が薄っすらと積もっていました。
この方が思い出に残っていいかも知れませんが、送迎をする親は大変です(笑)
今朝の法徳寺の境内もご覧の通り、雪に覆われています。


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昨年購入した除雪機を試しに使ってみましたが、やはり積雪量が少ない上に、べた雪なので、うまくいきませんでした。
次回のお愉しみにとっておきましょう。

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2017年01月01日

新年明けましておめでとうございます!

新年明けましておめでとうございます。
本年も皆様のお帰りを心よりお待ち申し上げております。


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posted by カンロくん at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記